月: 2011年6月

報道機関の役割は正確な知識があってこそ

こんばんは。
この所、鉄道がらみの事故・不祥事が後を絶ちませんね。

さて。
先日のJR北海道のキハ283系脱線・炎上事故は確かにセンセーショナルで、ショッキングな出来事ではありました。乗務員の避難誘導の不備もおそらくあったでしょう。
しかし、車両の外に出るなという乗務員の発言そのものを否定するコメンテーターは、いい加減な事を言っていると私の目には映るのです。
確かに、通常の火災なら一目散に外に逃げることも一つの手でしょう。しかし、鉄道には「対向列車」という存在があるのです。過去にあった事故の教訓を元に、列車防護装置(発煙筒の着火、防護無線の発報など、事故対処を一挙に、円滑に、迅速に行う為の装置)を作動させていたのではないか、と少しでも事情が分かっている人間なら思うのです。

今回の事故は、たまたま対向列車がいなかったから「死傷者ゼロ」が達成できた。しかし、(防護無線整備の契機となった)戦後すぐの三河島事故にまでさかのぼらなくても、2002年11月に発生したJR神戸線での救急隊員死亡事故、2004年の伯備線で保線作業員が「スーパーやくも」に撥ねられ死傷した事故など、線路内に侵入した結果、死亡事故に繋がったケースはたくさんあるのです。
しかし、防護無線が受信された車両は全車両自動停止します。列車防護装置さえ作動させておけば、二次被害を抑止できるのです。その為に、乗務員からすれば、「とりあえず線路に降りるな」という指示を出すのは当然のことなのです。
それを乗客が知らないのはかまいません。しかし、コメンテーターがそういう事情を顧みないでいい加減な発言をすることは許されません。コメンテーターが全てを理解していろというつもりはありませんが、「勝手に線路に降りると対向列車が来て危ない」という解釈を何故しないのか、私には分からないのです。

先日発覚したJR北海道の運転士居眠り事件も、コメンテーターがいい加減な発言をしているという点では一緒です。
居眠り(インシデント)の根源的な問題は「列車を停止できない=ブレーキをかけられない」状況にあったことであって、マスコンから手が離れていてもワンハンドルマスコンでもなければ何ら問題ないのです(車で言うニュートラルな状況ならば、摩擦で列車は自動的に停止するから)。
また、JR北海道に限らず、全国の鉄道事業者の多くは、デッドマン装置(EB装置とも言う)といって、一定時間(30秒~1分程度)運転士が何らかの操作(警笛鳴動、マスコン・ブレーキ操作、機関車の場合は摩擦増加の為の砂の散布など)を行わなかった場合に自動的に緊急停止する設備もあるのです。そもそも、福知山線脱線事故で取り沙汰された自動列車停止装置(ATS)だって十分に整備されているのですから、運転士の居眠りというだけで大きな問題とするには無理があるように思えます。

一番酷いのは、この居眠りとオーバーラン(過走とも)を同列に見ていた「おはよう朝日です 土曜日」の某。停止位置の見誤りでも簡単にオーバーランするのに、然も、行き過ぎたのなら戻れば良いだけの話しであって(終着駅除く)、オーバーランは事故ですらないのです(インシデントとして扱われる)。

鉄道事故報道に限らず、日本の報道機関というのは少しでも専門性が要求される分野になると何も勉強せずにいい加減なことを口走りかねない危険性があります。私も少しは鉄道の安全を調査したことのある人間ですが、それでも二重三重、或いは四重以上に張り巡らされた日本の鉄道の精緻な防護システムの全容を把握するのは非常に難しい。だから、適当な発言をしても何となく皆納得してしまう。茶飲み話ならそれでもかまわないけれど、報道機関で発言する人間ならば多少の知識をつけてこいといいたい。
未だにJR西日本の装備していた”旧型ATS”をATS-Sと思っている人が多いのもこの所為だろうと私には思えるのだ(正確にはATS-Swといって、ATS-S型の改良型に当たる。JR東海の車両とJR西日本の車両が簡単には相互乗り入れができないのは、JR東海も改良型のATS-STを装備しているからだ。”事情”を知っていれば、クリアーに飲み込める。ATS-S型は国鉄時代に出来たもので、日本全国にあったのだから、本当にATS-S型を装備していたのなら207系は電化方式が一致しさえすれば労無く全国走り回れることになるが、実際にそうならないのは、こういう事情が絡んでいるから)。

私が不安に思うのは、こういういい加減な見解が社会の潮流となってしまうことだ。構造が簡単な話はその筋の人間でなくても見通せるから、受け入れやすいけれど、実は全然的外れだと言うことも少なくない。それを専門家に無批判に受け入れろと圧力を掛けるような状況になってはいけないし、してはいけない。コメンテーターは、最低限、これからコメントしようとしている分野のベーシックな知識を兼ね備えているべきではないのだろうか。それともこれは高望みなのだろうか?