A purposeless travel at Tokyo, 2012 Spring

こんにちは。
東京までちょっくら遊びに行ってきましたのでそのレポートでも。
では、続きにて。

仙台駅発の深夜バスに乗るべく、自宅近くのバス停を9時過ぎに出るバスに乗車。
時刻表を見ると、終発一本前で少し慌てる。

仙台駅前の某所で晩飯を食べ、お手洗いを済まし、バスを待つ。
出発時刻の二時間ほど前から暇をもてあます事に。あまりに暇なので、仙台駅2Fのコンビニで630mlの天然ミネラル麦茶購入。

時間になり、受付を済ませて、バスに乗車。乗車率は50%前後ぐらいで、私の隣は無人だった。
途中安達太良サービスエリアでトイレ休憩をはさみ、翌朝5時過ぎ、新宿駅スバルビル前到着。

▲新宿駅を眺める

(以後、「取り敢えず」の文言がたくさん出てきますが気にしたら負け)

午後にアキバに行く以外は無計画だったので、新宿駅ビルを見つめながら、どうしようか考える。そう言えば京王とか乗車した事無かったような・・・と思い、とりあえず京王電車に乗車する事に。
京王新宿駅の運賃表と睨めっこしつつ、取り敢えず渋谷に出れば何とかなるだろと判断し、明大前で乗り換え、渋谷にいくことに。その際、旧宅より持参したICOCAにチャージしようとしたがあっさり拒否され、仕方なく人生二度目のPASMO購入と相成った。


▲京王新宿駅駅名標

初発とおぼしき、京王8000系の「各停京王八王子」行きに乗車。

▲京王8000系8859編成の各停京王八王子行き。関西人にとっては、あまり各停という種別はなじみがないです。「普通」電車なので。

笹塚入線手前で、都営車(10-300R形)併走していたので、笹塚駅で一時下車し、撮影する事に。

▲笹塚駅駅名標


▲左側の車両が併走していた10-300R形。詳しい説明は、Wikipediaの「東京都交通局10-300形電車」をご覧ください。なお、右側は10-000形。


▲こちらも10-300R形。先頭車とそれ以降の車両の違いが明らかだろう。経費節減の名の下に、経年の若い10-000形車両をそのまま活用し、先頭車両だけE231系ベースの車両に置き換えている。


▲10-000形。行き先表示器がLEDになっている。


▲京王8000系の「各停高尾山口」行き。


▲京王9000系。


▲京王8000系の快速京王八王子行き。


▲京王8000系の各停高尾山口行き。「花と寺社めぐりスタンプラリー」のHM付きでした。


▲10-300形。わかりにくいかもしれませんが、これは全車新製された10-300形です。


▲京王7000系の各停京王八王子行き。

京王7000系も撮れたし、腹も減ってきたからいい加減渋谷へ向かおうと、入線してきた急行に乗車。
明大前駅で乗り換え、1779Fの「各停渋谷」行きに乗車。車内はLED照明であった。


▲京王渋谷駅駅名標


▲明大前駅から乗ってきた京王1000系。カラフルな前頭部が印象的。この編成は青色でした。

渋谷駅出札後、乗り換え案内をふと見ると、東急東横線の案内が。横浜まで行けば京急もあるし、東急もあんまり乗った事ないしなぁ・・・と思い、即座に東急東横線乗車が決定。

東急渋谷駅から乗ったのはY500系(横浜高速鉄道所有)で横浜DeNAベイスターズラッピングの成された編成。「急行元町・中華街」行きだった。
隣に入線してきた5100系などを撮影していると、時間になったのでさっさと急行に乗り、着席。


▲Y500形。横浜DeNAベイスターズのHMつき。


▲東急5100系。


▲Y500系の側面はこんな感じ。

途中から隣に小さな水兵さんが着席。調べてみると、日本海洋少年団(正しくは「団」は「團」)の団員らしい。
首都大学東京になっても都立大前駅なんだなぁ・・・などと思いながらウトウトしていると、横浜駅に到着。降りて、もう一度これを撮影する。
その後、隣にやってきたY500系や5100系を撮影するも、おもしろみに欠けるのでさっさと出札。


▲東急横浜駅駅名標。


▲Y500系Y502編成。HMのとりつけはなし。


▲東急5100系5818編成。車掌さんの服は夏服と冬服が混在していました。

乗り換え案内を見ていると、「横浜市営地下鉄」「京急線」のほかに、「相鉄線」の文字が。日本最小の大手私鉄との呼び声も高い相模鉄道、一度は乗ってみたいと思い、相鉄横浜駅へ向かう。
相鉄横浜駅でまた運賃表と睨めっこするも、そのときは乗り換えが海老名で小田急乗り換えしかないと判断し、一路海老名駅まで向かうことに。
相鉄横浜駅構内のコンビニらしき店舗でおにぎり一個を購入し、朝ご飯とする。

ホームに止まっている車両を眺めていると、快速湘南台行きや普通大和行きで、微妙に行き先とずれているので、これらを撮影しつつ、急行海老名行きが来るのを待つ。
やってきた折り返し「急行海老名」行きは、相鉄8000系(塗装変更済みであった)。
ホーム最後尾から最前部まで歩いて行く途中、セミクロスシートを見かけた。


▲相鉄横浜駅駅名標


▲相鉄8000系の快速湘南台行き。


▲相鉄8000系(塗装変更済み)の快速大和行き。

これから車内を回って参ります、ご用の方はお気軽にお声かけくださいと言いつつ、中々やってこない車掌に違和感をぬぐえないまま、そのまま惰眠をむさぼる(オイオイ)。
気づくと、終点海老名駅についていた。
海老名駅で隣側に停車中だった、9000系(塗装変更前)を撮影するも、うまく撮れない。粘ってもしょうが無いので、取り敢えず下車。


▲相鉄9000系(塗装変更前)の普通横浜行き。


▲相鉄8000系の急行横浜行き。これに乗ってきました。


▲相鉄海老名駅駅名標

小田急海老名駅で次の目的地を模索する。代々木上原までいけば東京メトロに乗れるか・・・と思っていると、乗客案内係とおぼしき職員が江ノ島一日パスかなんかを販売してるという。「江ノ島」・・・そうか、鎌倉まで行けば横須賀線で帰ってこれるか、よし、江ノ電に乗りに行こう。こんな感じで、片瀬江ノ島行きが決まった。


▲小田急海老名駅駅名標

片瀬江ノ島へ行くには一回相模大野駅で乗り換えないといけないので、「急行新宿」行きの到着を待つ。海老名駅の新宿よりホーム端を見ると、停泊している車両の中に、先日勇退した小田急ロマンスカー、RSEこと20000系が。バリアフリー法のあおりとはいえ、人も時も、移ろいやすいものである。
そうこうしていると対向ホームに8000系の急行小田原行きが到着したのでパチリ。そしてすぐに、目的の「急行新宿」行きも到着。


▲かなりわかりにくいとは思いますが、画面左から数えて二本目の青い列車がRSE。


▲対向列車の急行小田原行き。

相模大野までは一駅。起伏に富む沿線を眺めていると、すぐに到着した。相模大野でそれまで乗っていた列車をカメラに納め、階段を猛然と駆け上がり、対向側の片瀬江ノ島方面行きホームへ。


▲これまで乗ってきた小田急8000系。急行新宿行き。


▲小田急相模大野駅駅名標

片瀬江ノ島方面行きホームでは、急行小田原行き(1000系)をカメラに納め、ふと顔を上げると、列車案内表示に、「臨時特急」の文字が。カメラに納めたい気もしたが、次の片瀬江ノ島行きがいつ来るか、未知数だったのでスルーする事に。
そんなさなか、「各停片瀬江ノ島」が到着。8000系だったが、フルカラーLEDではなく、3色表示型だった。


▲小田急1000系の急行小田原行き。


▲下から二番目に燦然と輝く「臨時特急」の文字。


▲小田急8000系の各停片瀬江ノ島行き。相模大野駅での乗務員交代の一幕。写真右側が冬服、左側が夏服と思われます。

江ノ島へ向かう列車という事もあってだろう、高めの混雑度もあり、途中駅まではたっていた。が、席が空いたのをめざとく発見し、さっさと座ってしまう。
またウツラウツラとしていると、片瀬江ノ島駅に到着。隣のホームにはEXEが止まっていた。


▲片瀬江ノ島駅駅名標


▲小田急ロマンスカーEXE(30000形)。真ん中の表示機器には、「回送」の文字が。

撮影後、片瀬江ノ島駅を出札。みんなが駅の方を向かってなにやら言っているので、振り返ってみたら、そこには竜宮城・・・じゃなかった、片瀬江ノ島駅舎があった。


▲片瀬江ノ島駅駅舎。竜宮城みたいですね。

片瀬江ノ島駅から、鎌倉へ向かうべく、一路江ノ電へ向かう。
途中、夏っぽい風景だったので、カメラに納める。新宅のある仙台では、先日桜が漸く散ったところである。
ココアを買った後、人混みの中を淡々と歩いて行くと、江ノ電江ノ島駅に到着。江ノ島駅の改札前の柵の所に、鳩であろうか、鳥たちが仲良く止まっていた。


▲江ノ電江ノ島駅・湘南モノレール江の島駅。


▲柵の上で仲良く並ぶ4羽の鳥たち

江ノ島駅で入札後、いざ鎌倉というわけではないが、さっさと鎌倉まで行こう・・・と思ったら、なんか凄い人混み。アナウンスを聞いていると、列車が混雑のため遅れている事、場合によっては入場制限発動もありうることも分かった。しょうがないので、一本列車を見送る事に。その間に江ノ電を撮れるだけ撮ってしまおう、と決意して。


▲江ノ電300形と2000形の4両編成。


▲Twitterのプロフィール画像にもしている、江ノ電110周年(バス事業85周年)の旗。


▲江ノ電江ノ島駅駅名標。


▲500形(2代目)と、1000形とおぼしき車両の4両。

ところがそうは問屋が卸さなかった。車いすの方がいたため、後ろの方に並んでいた私は当然のごとく乗車不可に。さらに一本見送る事に。こうなったらやけくそである。どうせもう一本来るだろうからチャンスと思い、自分を納得させた。


▲江ノ電1500形以下4連。なんとこの1500形、同社初の新性能電車(カルダン駆動車)。

そして漸く鎌倉行きの江ノ電500型(2代目)以下4両に乗車。幸い前の方が見える箇所だった。車内は通勤列車と見まごうほどの混雑度である。
江ノ島~腰越間の併用軌道走行中、車内から歓声が沸く。腰越では通称「し~め~き~り」こと、ドアカット実施。腰越を過ぎて、接触しそうな急カーブを抜けると、風光明媚な七里ヶ浜が広がっている。この付近は、たくさんの書籍などでも舞台になっているが、個人的には、F&C/FC02の「ホワイトブレス」を思い出す。ブラッと降りて、撮影してもよかったのだが、どう見てもここで降りたらまたあの乗れないかもしれないという恐怖を味わう羽目になると思い、そのまま乗車する事に。しばらくしてトンネルを抜けたら、鎌倉駅に到着。鎌倉駅ではついに入場規制まで敷かれていた。


▲こんな感じの人混み。

鎌倉駅を出て、一路鶴岡八幡宮へ向かう。
鶴岡八幡宮への参道にさしかかると、店の数も増え、比例するかのごとく人も増える。人の海の中をかき分けるように、進んでいくしかなかった。途中から腰が激痛を訴えていたが、真ん中も過ぎており、戻るのもアホらしかったので、我慢して前へ前へ進んでいく。
そうして漸く鶴岡八幡宮到着。腰痛い。

鶴岡八幡宮の鳥居を抜け、すぐ左手に、源平池があり、紅白の蓮が咲いていて美しい。脇の碑文には、こう書いてあった(一部推測)。

原文:
壽永元年(紀元千八百四十二年)四月源頼朝ノ命ニヨリ専光坊並ニ大庭平大景義等奉行シテ境内ニ池ヲ堀リシコト東鑑ニ見シ 一説ニ夫人政子源家ノ興隆ヲ起請シテ此ノ池ヲ營作セシメ東池ニ白蓮西池ニ紅蓮ヲ植ヱ源平ノ旗色ヲ表シタリト傅ヘヲシ源平池ノ名アリ
昭和十六年三月建 鎌倉町青年團(注:鎌の字は旧字体)

抄訳:
寿永元年(1181年)4月、源頼朝の命令により、専光坊と大庭平大景義達が奉公して境内に池を造作したという事が吾妻鏡(東鑑)に書かれている。一説には、(源頼朝の)夫人である(北条)政子が源家の隆盛を祈って、この池(=源平池)を作らせ、東池に白い蓮を、西池に赤い蓮を植えて、源平(両家の)旗の色を表した、と伝えられているから、源平池の名前があるのです。
昭和16年3月建 鎌倉町青年団

※紀元千八百四十二年ですが、恐らく、皇紀により計算された物だろうと思います。


▲そしてその源平池

源平池の蓮を眺めた後、手水屋で手を洗い、本宮へ向かう。
本宮へ繋がる大石段のそばに、一昨年強風の為、倒れてしまった大銀杏が見える。大銀杏を横目に見つつ、痛む腰をなだめながら、大石段を登っていく。上の方では警備員がゆっくり歩くよう指示していた。


▲本宮へあがる途中にある、舞殿。静御前が舞ったという伝承があるらしい。


▲鶴岡八幡宮本宮。階段が急なのがおわかりいただけるだろうか。


▲倒れてしまった大銀杏。樹齢1000年余だったとか。

本宮で参拝したのち、せっかくだからおみくじを引く事に。きれいな巫女さんに渡されたおみくじには堂々たる「凶」の文字が。うーん。
大石段を降り、社務所(多分)でお守りを買う。
その後来た道を帰っていると、鶴岡八幡宮ゆえだろう、鳩が。そしてその中心に少年が。鳩につつかれて少年は少し痛がっていたが、概ね微笑ましい光景だった。

参道を降り、段々ひどくなる痛みに顔をしかめながら、鎌倉駅に到着。もの凄い人で、PASMOのチャージをする余裕もないまま改札へ。顔を上げると、電光掲示板で新小岩駅での人身事故の影響により~という表示が。
何とか横須賀線のホームにあがり、湘南新宿ライン方面行きの列車を待つ。列車は前日の豪雨により、多生遅れているらしい。そのアナウンス通り、10分程度定刻から遅れて到着。
車内はやはり混雑気味だったが、大船駅から座ることができた。漸く腰の痛みも少し引き、披露からだろうか、眠気が誘ってきた。

次に起きると、もう新宿だった。普通に行き過ぎである。芸が無いが、何回も乗り換えるのも面倒だったので、山手線へ進んだ。
そしていざ、アキバへ。


▲JR秋葉原駅駅名標

秋葉原駅着後、すぐに飯屋を探す。既に時刻は14時、朝飯はおにぎり一個、腰だけでなく腹も痛みを訴えている。しかし最初に出た方にはない。戻って探していると、名代富士そばを発見。よりにもよってカツ丼を頼む(←よく店舗名を見てみようw)。おいしくいただき、早速町へ繰り出す・・・が雨にやられる。もう、いややわ・・・。

その後は特に書く事もないので割愛。あちこち回った。戦利品は殆ど無し。サブマシンはすでにあるし、琴線に触れるようなエロゲ・・・だけじゃなくてマンガ等もなし。買ったのは「神楽道中記」(でぼの巣製作所)、「Dear My Friend Complete Version」(light)、「Innocent Eye’s」(UNiSONSHIFT)の三作と、MicroSDHCカード2枚、DVD-RW10枚。以上。そしてあちこち回った代償に、腰と足が痛む。

アキバにいてもどうしようもなくなったので、東京駅へ、鳩サブレとお土産を買いに行く。
道中、方向を間違う+寝過ごすでえらいところ(南浦和)までいったが、なんとか営業時間内に突入できた。

その後東京ラーメンストリートでラーメンを食べる。うん・・・ちょっと口には合わなかった。
まだバスまで時間があり、どうしようもなかったので、適当に喫茶店などで時間をつぶす。

22時25分前後になったので、中央線快速に乗り新宿へ。


▲JR新宿駅駅名標

スバルビル前で、バスを待つ。
その途中、トイレに行った後、地上に上がる通路上で路チュー(路上でキス)の馬鹿たれを見かけたり、トイレに堂々と、「いかがわしいことをしないでください」と書いてあったり、爆笑沙汰が何個か合ったが、それだけだった。

日も変わったころ、Twiccaで「よるほー」を見つめた後、バスに乗車。今回の乗車率は100%近くだったらしく、隣もいた。
1時頃、どこかのSAでトイレ休憩。

5時30分頃、仙台駅到着。定刻より1時間前後早い。
バスで帰ろうと思っていたのだが、自宅付近まで来てくれるバスが2時間後以降しかなかったため、断念して地下鉄で帰りましたとさ。


▲早朝5時42分。普段は活気のある仙台駅前も、G.W.の間の土曜日の早朝ともなれば、閑散としているのも当然か。

っていうかさ・・・なんで一時間も早く着いちゃうのよ・・・(´・ω・`)
まぁバスの中では爆睡してたんですけどね(キリッ

では。

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