今日から通常更新モードへ

こんばんは。
まずは、震災(及び余震・原発などの関係災害)に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
知り合い・身内にも被災者がおり、何もできない自分が歯痒くも思います。(一応教会と日赤を通じての募金はしましたが…)

一応、(内容的な意味で)今日から通常更新の様態にしたいと思います。ご了解いただければ幸いには思いますが…。

◆「公共の福祉」と喫煙
某ゴーストで嫌煙ネタがあったので。(某は明かした方が良いのかしら)

最近は禁煙地区が多くなっているわけですが、これは要するに、公共の福祉の問題を考慮する必要があるのではないかと思うわけです。

仮に嫌煙派>喫煙派だとすれば、残念ながら喫煙派の皆様にはある一定以上の我慢を強いることになります。公共というのはどうしても多数派によりますから、ある種当然かと。
ただし、それでも個人が個人の敷地等でたばこを吸う権利(があると仮定して)を抑圧する事は出来ません。行動の自由に反すると考えられるからです。そもそも、個人の敷地なのですから、当然公共の福祉が介入する余地はありません(ただし、隣人等に健康被害があった場合には、それも怪しいものですが…)。

嫌煙派=喫煙派だとすれば、大体同じ程度両方が歩み寄る事が理想になりますが、これにはより影響の大きい子供などへの配慮が要請されますから、我慢の程度としては若干喫煙派の方が高くなると思われます。例えば学校内での喫煙は禁止、とか。

同様に考えれば、嫌煙派<喫煙派であれば結論は最初の反対になるわけです。当然、社会的に健康などの影響を考慮すべき区域における制限はかかるでしょうが。

以上を見ると、喫煙派と嫌煙派の議論は二つの観点から行われる必要性がある事がおわかりいただけますでしょうか。それは、
(1) 公共の福祉という社会学・法学的観点からの議論
(2) 健康への影響、影響度の差異などの医学的観点からの議論
ということです(より正確に言えば、(2)の議論を受けて、(1)の議論が要請されるという事ですけどもね)。

当然、医学的に発がんリスクが200%上昇すると仮定すれば(仮定の議論ですよ、あくまでね)、社会的にたばこを抑制する必要があるという議論は当然成立します。逆に、発がんリスクを低減するとすれば、どんどん広げていけということになります。
今現在の標準的な医学的見地は、たばこには害があるというものであって、よって法学的にも一種のフェールセーフとして嫌煙派擁護の立場を取っているわけです。

何でもかんでも取り締まるだけがルール作りじゃないという人もいるでしょうが、現状の統計の限りでは、規制した方が良かろうという結論を導く事は容易です。路上喫煙は副流煙をばらまきますし、歩きたばこは低身長者(子供など)への危険性が伴っています。また、防火の観点から禁煙が要請される区域(車両内、地下鉄線内など)も当然あります。こうした状況を鑑みたとき、個人の倫理に任せるのでは不安定すぎます。罰則を伴う事で初めて一種の社会正義として機能しうるのです。

ただし、一つだけ注意しなければならないのは、タバコの健康への悪影響がない、もしくはプラスの影響だという事がスタンダードになれば、法令もそれに合わせて改正する必要があります。法律というのは、誰かの権利を守るために存在するのですから、誰の権利も侵害せず、かつ公共の福祉に合致する限りで、即刻廃止されるべきです。

正直な事を言えば私はタバコを吸う方はご勘弁願いたく思います。煙が堪らなく目に染みるのでね。
ただし、それを法的に規制するか否かは、個人的経験ではなく、統計に基づいた医学的スタンダードの要請を受けて議論されるべき事かと思います。

では。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中